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  荒野物語


 前の集落からさすらって、三日ほど経った真昼の荒野。
 そんな荒れた大地の上にどっしりと構えた見知らぬ町の前に、カルドは立っていた。
 さて、どうするか。そう思いながら、肩に提げていた麻袋をおろして紐を解くと、その中を確認する。食料はほとんどなく、二日前に運良く見つけた水たまりで満たされていた水筒も今や空っぽ、おまけに金貨も銀貨も底をつきかけていた。
 ここで一週間ぐらい用心棒でもするか。それが無理だったら、そこら辺の賞金首の一つや二つでも取れば良いさ。そう決めたカルドは、紐をしっかりと締めて麻袋を肩にかけなおし、町の中へと入っていった。
 町の中は案外活気があった。大戦争の戦火を上手くまぬがれたのか、状態の良い建造物がいくつか残っている。石で造られた三階建ての小さなビルや一戸建てには風化が見られなくはないものの、それらを店や住居として利用する分にはなんら問題ない。恐らく、そうした良い環境のおかげだろう。今こうして人々が往来を行き交い、出店などがちらほらと商売をしているのも、そうした環境が人々を自然と呼び込んでいるからに違いない。
 久々に人間の活気を浴びたカルドは、ここならそこそこ旨い儲け話にありつけそうだと踏み、早速そういった情報の飛び込むであろう酒場を見つけ出そうと、町の中をふらふらと歩き回り始める。途中、顔色の悪い男に話かけられたり――こういう目の下に青黒い隈を作っている奴は大抵、人身売買や麻薬取引きを目的として人に声をかけるもんだ――、女性に言い寄られたり――こんな時代だからこそ、自分の身を守るために使えそうな男を支配下へ置こうと考える女性が多い――、乞食にすがりつかれたりしたが、そういった明らかに面倒そうな輩は全て無視していった。
 そうして、人と人のすれ違う往来を歩いていると、カルドの向かう先の方から何やら不穏なざわめきが伝わってきた。往来の人々が口々に『あいつらだ』と呟き、道の端へと皆一人も漏れる事なく慌てて寄っていくのだ。
 その空気をしっかりと感じ取り、カルドも周囲にならって道の端に寄った。その場へ軽く唾を吐くと、人々の目の向けられた先、数人の男性のものと思われる荒い声と足音の聞こえてくる方向へと目をやる。どうせ、また『ヴァーチェ政府』の奴らだ。  通りの向こうから足並みを揃えて歩いてくる五、六人の男性の姿が少しずつ見えてくる。大戦争時に国家政府の軍隊が着用していた軍服を改造した制服に、片手に抱えられたアサルトライフル。何よりも、「毛を逆立て怒りの表情を露わにする狼のシンボル(ヴォルフ)」の入った腕章こそ、彼らが『ヴァーチェ政府』の人間であることを示している。
 彼らが組織の制服を着ているということは、組織全体が何らかの行事を行っているか、監査と称した暴行略奪の行為や行軍を執行しているか、はたまたどこかの組織と戦時中であるかのどれかを意味している。先日、酒場で奴らを見かけた時は制服を着ていなかったところを見るに、つい最近この状態になったのだろう。
 よく見れば、彼らは大衆へと向かって叫びつつも、何やらチラシをばら撒きながら歩いている。
「いいか! よく聞け! 我々『ヴァーチェ政府』は、今日より新たな無法者を指名手配し、この指名手配犯に破格の懸賞金をかけることにした! 生死は問わん! この者の首を我々に差し出せば、一生遊んで暮らせる金が手に入るぞ!」
 どうやら、また『ヴァーチェ政府』に目をつけられた奴が賞金首になったらしいな。金は欲しいが、奴らに関わった賞金首にはろくな奴がいないし、ここは無視するのがいいか。カルドは目を伏せ、チラシを撒き散らしながら歩く彼らが通り過ぎていくのを待つ。
 段々と男性達の声が大きくなり、ようやく彼らがカルドの目の前を通過しようとした時、
「……あっ、貴様は!」
 という一人の男性の声とともに、彼らはカルドの目の前で立ち止まった。
 ちっ、なんでよりによって俺に声をかけるんだ。今日はついてねえ、などと心の中で悪態をつきつつも、カルドはそっと顔を上げる。自分の目の前に立っていた人物を見た途端、カルドは何故大衆の中から自分だけ声をかけられたのかを知った。
「ふん、先日はよくもやってくれたな。どうだ、親切ぶって餓鬼を助けた気分は?」
 カルドは返事をせずに、その男の左腕を手早く一瞥した。左手がない。とするとこの男は間違いなく、つい数日前に酒場の前で嬲られていた子供を助けるために、自分が喧嘩を売ってしまったあの相手であった。
 その時は相手が二人だけであったが、今回は奴の後ろに数人の仲間がいる。加えて、皆片手にアサルトライフルを持っているためカルドには分が悪かった。
 なんとか、戦わずに追い払えないものか。カルドは牽制の意味を込めて、腰に提げている剣の柄に右手を添えた。
 すると、左手のない男性は怯むような様子を見せ後ずさる。
「へっ……、そうやって粋がっていられるのも今のうちだ」
 そう言って、男性はおもむろに取り出した警笛を勢い良く吹き鳴らした。
 笛の残響が完全に消え去らない内に、どこから乾いた土を踏み鳴らす大勢の人間の足音と、何匹かの狼の甲高い遠吠えが聞こえ始める。その音を聞いたためか、道を開けていた大衆は慌てて方々へ散り、やや逃げ遅れた者達もこの場から一刻も早く離れようとばかりに騒ぎ立てた。
 まずい、召集をかけられたか。このままこの場に留まっては包囲されると判断したカルドが、すぐ背後にあった路地裏へ逃げ込もうとした時、「餞別にこれをくれてやる。まあ、これからの生活を楽しむことだな!」と左手のない男性から、重りのついた紐でくくられた紙を投げ渡される。
 それを受け取るも中身を確認する暇がないため、とりあえずその場から逃げる事に専念する。なるべく通りへ出ないよう、遠くから聞こえてくる人間の足音を頼りに追手の位置を予測し、挟み撃ちによる急襲を避けながら、路地裏を縫うように走り抜ける。先程の遠吠えからも軍用狼のいる可能性は高いだろう。時に建物へと入ってそこから手短な建物へと飛び移るなど、自分の臭いが狼に追跡されないよう出来る限りの工夫も交えていく。
 そうして、逃亡を続けた結果、日の落ち始めた頃にはなんとか追手を巻き、厳重体制を敷かれ検問を設置される前に町を抜け出すことができた。
 それから夜が更けた後も、町から少しでも遠くへ離れるためにカルドは歩き続ける。
 そういえば、あいつから何か投げ渡されたな。歩いている最中、カルドはそんな事を思い出した。麻袋に仕舞う余裕もなかったため、あの紙は男性から受け取った時のまま自分の手に握り締められている。恐らく、あの時大衆に配っていたチラシと同じものであろう。
 紙の内容が気になったカルドは紐を解き、手汗と皺でぐちゃぐちゃになっていた紙を破らないよう慎重に押し広げていった。
 見ると、その紙面には「WANTED」という文字とともに自分の似顔絵が描かれており、そのすぐ下にカルドですら今まで見た事のない巨額の賞金が提示されていた。それはつまり、自分が『ヴァーチェ政府』という組織のお尋ね者になってしまったことを物語っているに他ならない。
 カルドは何故こんな事になったのかと頭を抱えた直後、その原因にはたと思い当たった。
 そうだった。俺は確か、子供を助けるためにあの野郎の手首を斬り落としちまったからな。くそっ、今まで『ヴァーチェ政府』には目をつけられないよう面倒事を避けてきたのに、あの時ちょっとした情が湧いたばっかりに。あん野郎もあれしきの事で上に通告するなんざ、余程腑抜けた玉なんだろう。
 カルドは「ああ、面倒な事になっちまった」と誰に言うでもなく愚痴をこぼしながら、夜空を見上げる。カルドの憂鬱な気分も知らずに、夜空は相も変わらず曇りのない星々の輝きを散らしていた。つい昨日までは、それらの星々と同じように好きな時に輝いて、太陽が目を光らせればさっさと身を潜める自分勝手なさすらいの旅をしてきた。それが今日から一転、自由を縛られた追われ身となる。そもそも自分のまいた種とはいえ、根本的には相手が悪いはずなのだから、自分だけ不幸を被るというのもなんとも理不尽なことだ。
 明日からの生活を考えると、今のカルドにはその先がただただ煩わしく思えてならなかった。

                            〜続〜 

※(以降、誤字「ヴォーチェ」を、正字「ヴァーチェ」に訂正)

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